『日本の不平等の行方」』ピケティ来日講演を解剖

 「『日本の不平等の行方」』ピケティ来日講演を解剖」という朝日新聞社のイベントに行ってきた。
プログラムは、翻訳者である山形浩生氏による解説と識者によるパネルディスカッションで、全体で約2時間ほどのもの。
ちなみに参加料は1500円。
まぁ、そんなものかな…と思うお値段でした。

 そもそも私が6000円近くもするピケティの「21世紀の資本」を発売と同時に入手して読んだのは、単に山形浩生さんが翻訳したからというだけの理由。
氏がとんでもなく分厚い本を翻訳するということは、とんでもなく面白いに違いない!と思ったわけだ。
特に経済学について興味があるわけでも詳しくもない。

 ご存知でない方もいらっしゃるかもしれないので、ほんの少し解説しておく。
山形氏の翻訳には大変ファンが多く、私のように、原作者である海外の作者は知らないが、彼が翻訳したから読むという読者はかなり多く、購入と同時にまず氏の解説から読む読者もとても多い…という人である。
翻訳本というのは、値段が高い上に当たり外れが多いのだが、彼の翻訳した本にはハズレがとても少ないと思う。
何か頭を使った難しいが面白い本を読みたいな…と思ったら、まずは彼の翻訳した本にあたってみるというのは、私の好むやり方だ。

 ということで、このイベントの参加も、単に彼のファンだから…というミーハー理由である。

 プログラムの最初は、「『21世紀の資本』訳者がピンポイント解説」ということで、ピケティが日本で行った「日本の不平等の行方」という講演についての解説である。
私もこの講演を申し込んだが、ものすごい倍率だったようで抽選に外れてしまい、後日ニコニコ動画で観た。

 今回のイベントの中では、随所で吹き替え版が流された。
ニコニコ動画のものは同時通訳のものがそのまま録画されているため、聞き取りづらい点が非常に多いし、コメントが表示されてしまうのが非常に鬱陶しかったが、こちらの吹き替え版はもちろんその点をすべて編集してある。(吹き替え版をどこかで観られるようにしてもらえないのかな…、観たい人たくさんいると思うのだが…)

<山形氏がこの本を評価しているポイント>

・長期に渡って富の全体を観るという研究が長いことなかった。
・クズネッツの研究の見直しが行われている
・自己申告のデータではなく、税金というデータを使っている。またフォーブスのデータを使ってみるなど、コロンブスの卵的な発想もある
・集めたデータを公開することにより、今後の探求への道を広く開いた。
・また、資本についての議論を活発に巻き起こした…などなど。

 解説内容はともかく、全体に録画の流れている時間が長すぎて、解説の時間が短く駆け足過ぎたのではないかと思う。
山形氏の解説については、今回のイベントよりも、シノドスに掲載されている『21世紀の資本』訳者解説――ピケティは何を語っているのか山形浩生×飯田泰之こちらがわかり易いと思う。 

 続いて、「ピケティと不平等と民主主義」ということでパネルディスカッション。
パネリストは、加藤創太氏、山形浩生氏、湯浅誠氏の3名で、ここにコーディネーターとして朝日新聞論説委員が加わる形だった。

 加藤創太氏は、私はまったく知らなかったが、このディスカッションの中で彼の視点が一番面白かった。政治学者の方で元官僚というご経歴の持ち主。何冊か話題になった著作があるそうだ。
 クールな二枚目という印象。
 政治学の観点から見ると、なぜ民主主義の中でこのようなことが起こるのか…と考えると非常に興味深いという話をされていた。10%に富が集中する状況をなぜ民衆は許してしまったのか?90%の力があれば、本来は民主主義の中で、この立場を逆転できる政策が取れるはずである…というのは、なるほど…と思った。
 
また、「格差=悪い」ではなく、格差があるからこそ努力が報われるという面があり、人々の頑張りへのインセンティブにある。「格差=悪い」とならないためには、その格差がフェアであるという納得感が必要。フェアかどうかというルールは、国家や国民によって異なる。(ここは経済学の問題ではないというわけだ)

 さらにアンフェアな格差を解消するには、連帯意識がカギとなる。極端な例として戦争は格差を縮める、これは史実をみても明らかになっている。連帯意識を高めるには、地域に根づいたコミュニティの充実などが小さくはなるが1つの鍵になるのでは、と。

 このところ、あちこちで地域のコミュニティをもっと大切にという気運が高まっているように、自分のプライベートの中でも感じている。
私自身もマンションの自治会に積極的に関与したり、周囲の友人/知人も同じようなことをしている人がすごく増えた気がする。
加藤氏自身もマンションの自治会に参加し、山形氏も消防団に参加されているようだ。
この気運は今後どこにつながるのだろうか?

 山形浩生氏は、アメリカの富裕層が言う「君たちも努力して金持ちを目指せ」というおかしなレトリックを打破するものとしてもこの本は有用ではないかということも述べていた。確かにピケティの言うとおり、資本の差によってスタート地点が違うことにより、本人の努力だけはどうにもならない時代になってきているというのであれば、目指すことなどそもそもできない。
 さらに、格差それ自体は問題ないとピケティも言っているが、競争に負けたときにどうなるか‥という担保のようなものが重要ではないかと述べていた。そして最後に若者に対する支援策は重要。例えば、橋を架けるのを1つやめれば、奨学金問題は全て解決。支援を行うことで若者たちも社会に還元しようと考えるという話もされていた。

 湯浅誠氏はメディアを通じて存在は知っていたが、初めてこの人が喋っているのを聞いた。なんとなく頭の切れる暗い感じの人だと想像していたのだが、テンションが高くて明るい。このパネルディスカッションでは1人だけノリが違う感じで、それはそれで面白かった。
 湯浅氏は所得の格差、資本の格差の中身を分けて考えるという視点が斬新だったという感想を持っており、日本は資本の格差の話がほとんどでない。資本の価値を測る数値データがほとんどない、固定資産税すらかなり怪しい(山形氏)、であれば、まずはそのデータを収集していくことが大切では?と本全体の概要ではなくて、あくまで日本の話を中心に論を展開。

 日本人の場合、本人の努力による格差は許容できる。ややこしいのは家族。例えば父親が頑張って子供のために、資産を残したり、素晴らしい教育環境を整えたりというのをどう取り扱うか(子ども自身の努力ではない、ただし父親自身の努力である)。こういうことを考えると相続税100%というのはできないという話は頷く人が多かった。
 若者に格差が前提となっており、「もう、しょうがない」みたいな諦めの空気が既に蔓延している。これが増えると、持続可能性やら相互の信頼関係がどんどん低下してくるという話は、現場にいる人の実感が滲み出ている印象を受けた。

 まぁ、しかし3人3様にお話をされていて、ほとんどディスカッションにはならなかった。
パネルディスカッションって難しいよなぁ。
私も以前、仕事で出たことがあるが、当日イベント会場に集って、「こんな感じでお願いします。あとはモデレータが何とかします」という話だった記憶がある。
モデレータが本番で、1人の参加者をムッとさせて、ムードの悪いパネルディスカッションだった。
ほとんど事前に打ち合わせがないというのは、どこのパネルディスカッションでもお約束なのだろうか?

セッション全体の来場者は300人超えでほぼ満席。年配の男性参加者が多く、本を読み終えていた人はほとんどなかったようだ。
とは言え、少なくとも皆さん本は買ってはいると思うのだ。

だから、会場の抽選プレゼントがピケティのサイン本…ってどうなのかなぁ?と個人的には引っ掛かり、当たったら面倒だなぁ、あんなに重たい本持って帰るの…、家にあるし、と考えていたら幸い当たらなかった。

1回目の通読は無理やり終わらせたが、もう1回ゆっくり読んでみよう…と思いつつ、大江戸線で帰宅。
大江戸線ができたおかげで浜離宮朝日ホール、すごく便利な場所になったわ〜。

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