世の中の仕組みと人生のデザイン 橘玲氏の講演

私には、自分の人生における物事の考え方に強い影響を与えた作家というのがたくさんいる。
パッと思いつく限りでも、トワイラ・サープ、立花隆、ダニエル・ピンク、神谷美恵子…とずらずらーっと名前が上がる。

自分の経済についての考えは、とりあえず食べていける分だけコンスタントに稼げるぐらいのスキルをつけておこう…というぐらいであまり真剣に考えたことがない。
ましてや資産形成とか貯金、保険、投資なんて全く無縁で興味が持てず、必要ならもっと学んで稼げるようになればいい…という程度で長年やってきた。
宵越しの銭は持たないと言えば、聞こえはいいがとにかく何も考えおらず、入ってきたら入ってきた分使うというやり方だった。

マネー・マネジメントって大事かも…と考えたのは、40歳を少し過ぎてからで、本当に遅いデビュー。
大事かも…から、「大事」って確信を持って思うようになったのは、橘玲氏の本を読んでからだ。
真面目に考えだすとやっぱり大事であるということがわかってきた。
自分の経済って自分の24時間につきまとうわけだから、当然である。
そういう意味で橘玲氏は私の人生の考え方に大きな影響を与えた作家の一人だ。

慶應MCCの夕学50講で講演されるということで、早速申込み、自分に大きな影響を与えてくれた人物のお話を伺ってきた。
会場はおそらく満席だったと思う。

橘氏の話の前提は、人生というのは大半のところが運命で決まっているということ、一見私たちの人生は自由にあれこれと選択肢があるように見えるが、私たちは親も選べなければ、国籍も選べず、実は選択肢は非常に少ない。
だからこそ可能なかぎり合理的によく考えて設計していこうということだ。これがつまり講演のタイトルである、「人生のデザイン」というのにかかってくる。

経済的独立がなくても心が自由であれば‥という思想もあるが、よく考えれば心が自由であるには経済的独立(fainancial independence)が必須であるというものに橘氏は気づき、そこから真剣に勉強をして、様々な投資を行い、さらにはその経験に基づいて書いた本が今たくさんの人に読まれているということだ。

経済的独立の具体的手段については、今回の講演はあまり触れられず、このあたりは聴衆者をがっかりさせたかもしれない。質問を聞いていても、「日本の経済がこれからどうなると想定しているか?」「日本の将来性を考えると子育ては海外で行うべきか?」「今、投資法をおすすめすると何を薦めるか?」というようなものが多く、この日の講演内容とはかなりずれていた。

橘氏のこれらの質問に関する回答をまとめると、自分は既にできる限りの分散投資をしてしまって、それほど大きなリスクを受けないようにしたので、正直なところ、投資について現在それほどの興味を持っておらず、真剣に勉強しているわけでもない。逆に質問者の皆さんには切実感があるので、そのような人が本気で勉強している内容のほうがおそらくは貴重な情報であるし、現状に即していると思うということだった。
これにはおそらくガッカリした人も多かったと思うが、私は、まぁそうだろうな…と納得したし、ガッカリする人が出ることはおそらくわかっているであろうに、そのように正直に答える氏にさらに好感を抱いた。

講演の内容はどこをとっても面白かったが、印象に残っている話をいくつか備忘録として以下にメモしておく。

資本というのはお金を増やす元手となるものだが、これには3種類あるという話がわかりやすかった。

<3種類の資本>

「人的資本」 労働市場から富を得る。

「金融資本」 不動産、株式、貯金など資産から富を得る

「社会資本」 ネットワークから富を得る

<資本構成とその代表的な例>

・貧困 上記3つの資本が何もない状態。特に問題なのは、地場や親戚、友人などのつながりも頼れず、「社会資本」も持っていないこと

・プア充(例として、マイルドヤンキー) 人的資本、金融資本は持っていないが、人的つながりである「社会資本」は充実しており、何かと頼れる関係性は保持している

・金融資本のみ(例として、退職者) 長年勤めた上げた会社を退職し、金融資本は保持しているが、労働から富を得ることはできないスキルや年齢となっている、また職場関連以外の人的つながりを作ってこなかったケースが多く、社会資本を持っていないことが多い。

・人的資本のみ(例として、散財し友達も恋人もいない放蕩エリート) サラリーは高いが他は何もないというケースがこれ。

・人的資本+社会資本(例として、リア充な若者) この人たちはまだ若いので金融資本がないことが一般的。

・人的資本+金融資本(例として、一般的な金持ち) 金持ちは友達が少ないので人的資本が少ない(…と言いきれないのではないか…と、個人的には思うが…一応講演の中ではそうだという話だった)

著者の本にも度々出てくるが、今は非常に寿命が延びていて、いったいどのぐらい長生きしするのか、そしてそれにどのぐらいコストが掛かるのか‥というのが読み切れない。「下流老人」のような言葉も生まれる時代だ。

もちろん、そのようなことにならないためには、金融資本をできるだけ早く意識して作っておく、そしてそれを分散投資するというのが氏が長年描いてきた内容だったが、最近はこれに人的資本の話しが増えてきたように感じる。

人的資本いわゆる労働から収入を得ることの重要性。その中でどのような職を選ぶのが良いのかというのは、著者のブログ記事「果ての国と月並みの国」がわかりやすい。
単純に言うと好きなことを突き詰めなさい…、スペシャリストじゃないともう生き残れませんよということだ。金融資本は分散投資し、人的資本は好きなことに集中投資するのが良いということ。

できるだけ長いこと働いて人的資本から収入を得ることができるとそれに付随して、社会資本の維持もそれほど難しくなくなるし、ましてや寿命が80歳を超えることが珍しくない今、60歳以降の人生もすごく長いわけだから、何かしらの仕事を持つことはその人にとっての幸せにもつながるということだ。

これに気がついている人は、最近すごく多くて、私のところのコーチングのテーマでもセカンド・キャリアをどう作るかというのは、ここ2年ぐらいよく取り上げられるテーマでもある。
そしてコーチングを通じて見ていると、セカンド・キャリアをどう作るかを考え始めるのは早ければ早いほうがいいようだ。
なぜなら、セカンドキャリアを見据えつつ、今のキャリアに取組むことでセカンドキャリアへの道筋が確固たるものになってくるからである。

最後に橘氏が締めくくりとして話されたのは、今日講演を聞きに来た人というのは上位10%の人であるということ。
何か問題が起こった時に、本を読んだり、研修を受けたりというような知的な方法で解決しようとする人は世界の10%程度しかいない…というだから、ここの来場者はそういう意味で上位10%だということだ。
そして、上位10%の人は、幸福にならなければならない、なぜならそうでなければ下位90%の人には絶望しかなくなってしまうからであるということだった。

本だとかなりバサバサと切っていく印象だが、淡々と真摯に自分の考えていることを丁寧にお話してくれる人なんだなぁとの印象を講演会では抱いた。
慶應MCCの講演は当たり外れが結構あるのだが、これは間違いなく当たりの講演だった。満足。

この講演の内容のベースとなっているものは、著者のブログ「新年なので、最近考えていることなど」にまとまっているので、興味ある方はぜひそちらもどうぞ。

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